「愛」だと思っていた気持ちは「依存心」だったと気づいてから

あっと…えーと…最後のエントリーが2018年4月2日だったから、4年3ヵ月ぶりの更新ですか。

よく残っていたな(笑)

 

さて。

今、久しぶりに当時の気持ちを読み返してみて思うのは、はっきりとは明文化せずともいろいろグダグダと抱えて悩んでいたなということ。

それは今も変わりないのかもしれないけれど、でも、はっきりとひとつ、当時とは変わった心境があるのです。

それはタイトルにもあるように、自分では愛情だと思っていた想いが依存心だったと気づいたこと。

 

これに気づいたとき、すとーんと腑に落ちて一気に視界が開けた。

その時の瞬間を今も強烈に覚えている。気持ちも身体も軽くなって、「なぁ~んだ、だからこんなに苦しかったんだ」て至極素直に、そして穏やかに受け入れられた。

もっと早くに気づくことができれば良かったのだけれども、私にはそれだけの時間が必要だったのだと今では納得している。

そしてそれ以来、苦しい思いにそれほど囚われることもなく、割と心穏やかに過ごしている。

たまに「ぐぬぬ…」て気持ちが湧いてきても、以前のように自分の感情という名の嵐の中心で混乱することはなく、客観的に切り替えてやり過ごすことができるようになった。

 

 

依存心に気づいてからは人に期待することはあまり無くなりました。だから怒ることも無くなった。怒らないし失望もしないから気持ちが平穏で楽になった。

 

それでも決して悟りを開いたわけではないから、時折悪い癖で「今の自分と他人を比べてしまう」ことはあるけれど、でも、この「苦しい依存心の罠」に自ら気づけたという自信が今の自分を支えている。

 

とは言えね、まったくの一人でその心境に辿り着けたわけじゃないのです。とても苦しかったから藻掻いて沢山の人の意見や動画、書籍に目を通してきた。

その中で最高のパラダイム・シフト的なのがこれでした。

…まぁ、すべての人に当てはまるわけではないですが、それでもやはり「求めよさらば与えられん」なのだなと実感しました。